「富嶽三十六景」などで名高い浮世絵作家・葛飾北斎と、その娘・お栄、友人・滝沢馬琴との交流、そして波乱万丈に満ちた生涯を描いた作品です。劇作家・矢代静一さんの同名戯曲を映画化したものです。
北斎の貧しい生活
鉄蔵(後の北斎)と娘のお栄は、左七の家に居候しています。
鉄蔵はなかなか芽が出ず、困窮すると養父に金銭の援助を願い出ます。左七に読物の挿し絵を書かせてもらい、経済的な窮地をしのぎます。
やがて「北斎」の名で描いた挿絵は評判になりますが、人生は順風満帆とはいきません。
放浪の旅の中から、後に代表作となる傑作「富嶽三十六景」が生まれます。
感想:大胆な時間の飛躍
「富嶽三十六景」のくだりの後、出演者が一気に老人になります。
言葉遣いや動作も、あえて誇張された“老い”の演技になります。
一人の画家の人生を起承転結で描くのは至難の技でしょう。
しかし大胆に時代を進めることで中だるみがなく、むしろ人生の重みが凝縮されているように感じました。巧みな構成だと思います。
北斎75歳の言葉
映画では少し表現が異なりますが、北斎75歳の有名な言葉があります。
「70歳以前に描いたものは取るに足らないものばかりであった。73歳で多少は鳥獣虫魚の骨格や草木のなんたるかを悟り、90歳で奥義を極め、100歳で神妙の域を超えるのではないだろうか。」
年齢を重ねてもなお、成長を前提に語る姿勢
「まだ足りない」と言い切る覚悟
年齢を理由に道を諦めるのは、まだ本気ではないのかもしれないと、自分自身を見つめ直しました。
江戸時代のお酒
若いころのお栄が酒を飲む場面があります。
酒が白かったのが印象的でした。
にごり酒かと思いましたが、江戸庶民の酒である「どぶろく」だったと推測されます。江戸時代には清酒の大量生産も可能でしたが、庶民は廉価などぶろく(炊いた米、米麹、水、酵母を発酵させたもの)を飲んでいたようです。
上位階級の人々が上澄みのお酒、下位階級の人々は下の濁った部分を主に飲んでいたという話もあります。
脳卒中を乗り越えて
『葛飾北斎伝』(飯島虚心)によると、北斎は68歳頃に脳卒中を患ったとされています。脳出血か脳梗塞かは不明です。
柚子を用いた薬を自ら調剤し、症状は改善したと記されています。柚子の医学的効果は明確ではありませんが、自ら健康法を模索していたことは確かでしょう。
脳卒中後も制作を続けたという事実は、驚くべき回復力と精神力を示しています。
「満足しない心がけ」と心の健康
最盛期を迎えると、その瞬間から人生は下り坂になると言われます。
北斎は高齢になってもなお才能を開花させ続けました。
その原動力は、「満足しない心がけ」だったように思います
満足しなければ「今が最盛期」と思うことはありません
最盛期と感じなければ、そこから下り坂になるという発想も生まれにくいです
一方で、心の健康の観点からは「足るを知る」こと、すなわち現状を受け入れる姿勢も非常に重要です。慢性的な不満や焦燥感はストレスホルモン(コルチゾール)の上昇を招き、うつ症状や不安のリスクを高めることが知られています。
しかし近年の心理学や神経科学の研究では、「新しい挑戦」や「目的を持った活動」はドパミン系(報酬系)を適度に刺激し、前頭前野の活性を保つことで認知機能の維持や抑うつ予防に寄与する可能性が示唆されています。実際、生涯学習や創作活動を継続している高齢者は、主観的幸福感や認知機能が高い傾向があるとする報告もあります。
つまり、
- 現状に満足する穏やかさ
- それでもなお、もう一歩踏み出す挑戦心
この二つは対立はしませんが、ベクトルの方向は異なります
完全な両立は難しそうですが、不可能ではありません
心の健康のためには「現状に満足する」穏やかな気持ちが大切です。
しかし同時に、チャレンジし続ける気持ちもまた、若さを維持し、心を活性化させる重要な要素なのではないかと思います。
現状に満足して「何もしない」ことは長期的には、心の不健康につながります。学ぶ意欲、向上する姿勢も、心の健康には重要な要素です。
北斎の生涯がどれだけ心の健康を実践していたかはわかりません
両者のバランスが大切なのだと思います

心と身体の健康のために

